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2011-09-22 Thu
昨日、僕・・・いや、正確には僕と仲田修子と瀬山研二は 八ヶ岳に居た
到着した20日の夕方にはすっかり空模様が悪くなって
久しぶりの山岳道路を走る僕に「霧」や「悪路」が立ちはだかる
その中を小淵沢にある「星と虹レコーデイングスタジオ」に向かっていた
翌日はここで仲田修子の曲のレコーデイングがあるのだ
お願いしていたエンジニアの佐藤さんはもう到着していた
挨拶を交わし翌日の予定の確認や打ち合わせをし、機材をおろし
その日は宿舎に戻った
翌日 もう朝からえらい勢いで雨が叩きつける
その中をスタジオに向かう どうやら台風15号はほぼまっすぐに
こちらへ向かっているらしい
それでも予定は変えるわけにはいかない
淡々とセッテイングを進めサウンドチエック、そして録音が始まった
佐藤さんがマイクの入力をチエックする
「ううん・・・どうしても雨の音が入っちゃいますね」
「星と虹」は大きなログハウスのスタジオだ
ある程度の遮音はできるがいわゆる都会にあるようなスタジオのような
完全な遮断はできない そのぶん回りが静かなので録音ができるという
スタイルを取っているので、このような日はどうしようもないのだ
でも、マイクに入るかすかな「サーッ」という音は聞きようによっては
懐かしい昔のアナログ録音のようでもある
「まあ、なんか温か味があってこれでいいんじゃない」
ということになって録音は無事にスタートした
今回は「修子」「瀬山」「ジミー」の3人がそれぞれ独立した
ブースに入ってある程度音を分離したうえで(あくまでも「ある程度」
だが)同時に演奏するいわゆる「一発録り」で行った
少々なら各パートごとの録り直しも可能だが、なるべくしない
それに修子ボーカルは今回14曲録音というかなりのハードメニューゆえ
何度も録り直しは彼女の喉が保たない
そこで、それぞれの曲を多くても3テイク以内できれば1テイクで
完成させなければならない・・・これはプレイヤーにとっては
大変なことなのだ とにかく一曲一曲自分の出す音それに相手の
歌や演奏に集中して細心の注意と気合で演奏してゆく・・・
これはとてつもなく疲れるのだ!
それでも、事前に入念にリハと打ち合わせをしておいたので
かなり作業は順調だった 仲田修子のボーカルも録音開始して1時間くらい
経過すると最高に油がのってきた 外はものすごい嵐だ
スタジオの大きな窓には容赦なく雨風が叩きつける
どうやら台風が本当に接近しているようだ
でも、僕らは演奏に集中しすぎてるのでそんなことまったく気にならない
次々と曲が仕上がっていった
そうしてなんと録音開始からわずか5時間弱で14曲すべての 録音が完了した

すべて終って今回録音した全曲をプレイバックしてもらった 自分で言うのは少々気が引けるが・・・
実にいい演奏だ 仲田修子の声はもう「最高潮」といっていいと思う
ソファーに深く腰を沈めていると深い満足感とそして疲れが身体を
包んでゆく
ふと気がついた・・・外がいつの間にか静かになっている
知らないあいだに台風が通り過ぎていたらしい
南のほうの空に星が光っていた
2011-09-02 Fri
そうそうすっかり怠けてしまっている最近の日記
毎日が細かいことなんだけど色々に追われていると
なかなか書けない事情もありまして・・・まあ、言い訳なんだけどね
そうこうしているうちにカレンダーも9月になってしまった
今日は台風がらみの不安定な天気・・・また雨が降り出した
そうそう(またかよ!)
先週・・・いや、先々週か
八ヶ岳に里帰りしてきたんだよね
わずか一日だけど
真夏の山はもう緑が溢れていて、このところ高円寺からほとんど
一歩も出ない僕にはこの溢れる自然がちょっと「容量オーバー」かも
それでも、お気に入りのスポット「獅子岩」に久しぶりに行って
ちょっとエネルギーの充電をしてきました

帰ったその週末は高円寺は「阿波踊り」の二日間
いつもは静かなわが「花むら」前の道路は阿波踊り参加チームの楽屋通路となり
見物客と合い混ざってすごい混雑!人で道路がふさがるうーー!
その中、伊多波、山野、山本の若手スタッフは必死で露天売店
かき氷、生ビール、焼きそば、フランク・・・と頑張って売りましたよ
ああ・・・・疲れた 僕は一日焼きそばの焼き係りでした




2011-07-28 Thu
もう二ヶ月ぶりだったなにしろ「花むら」の開店準備の工事やオープンしてからの忙しさで
ゆっくり休みもとれずに来たものだからゆっくり八ヶ岳に戻っている時間がなかった
今回店もだいぶ落ちついてきたので僕は二日間お休みをいただいた
久しぶりの中央線で「穴山」の駅に着いたのがお昼過ぎ
迎えにきてくれたかみさんの車に乗るとその足で僕らは「明治カフェ」に向かった

須玉の資料館 明治時代の校舎は穏やかな佇まいで僕らを出迎える 涼しい・・・やはり八ヶ岳だ
カフェに入ると店長の吉本さんが少しびっくりしながら笑顔で迎えてくれる 相変わらず涼しげで素敵な笑顔だった
少し遅いお昼ごはんをいただきコーヒーを飲みながら彼女と色々な話をした
この二ヶ月の僕の奮闘ぶりや店のこと、吉本さんたちが今取り組んでいるプロジェクトのことなどなど
久しぶりに話がはずむ
そのあと、やっと我が家に帰宅 清里はもう涼しいのなんのって・・・Tシャツ一枚じゃ寒いのだ!
久しぶりに我が家の自分のベッドで眠りにつく
翌朝は賑やかな鳥たちの声で目が覚めた みんな僕を覚えていてくれたのかな?
昼過ぎに久しぶりにすっかり埃まみれになったわが愛車を運転して出かけた
最初に向かったのはずうっとお世話になっていた明野の「キャンピカ」
東京に出てくる直前、僕はここで最後の「笛作り教室」を開かせてもらっていた
訪れるとチーフの中島さんはあいにく登山ガイドの仕事でお留守だったが女性スタッフの
安部さんがにこにこ笑顔で出迎えてくれた 僕の東京での奮闘ぶりをとてもうれしそうに
聞いてくれて「あのね、ジミーさんが教えて作った笛を持ってくる子どもたちがいるんですよ!」
という話をしてくれた 久しぶりに訪れたキャンプ場のセンターハウス
素敵な絵が並んでいる・・・そう思ったら去年夏に僕が「ライブペインテイング」で
一緒にやった「宮下昌也」さんの絵だった

そうそう・・・この絵だ・・・なつかしい!

それから今度は車を東へ走らせ「ハーパーズミル」の坂田くんに会いに甲府まで
店に着くと今まで居なかった新しい顔がカウンターの中にいた
それは山梨県を中心に活躍しているシンガーソングライターの「岩崎けんいち」さんだった
彼がエプロンをしてそこにいるのは実はこの春にギター製作に専念するために一旦お店を閉めた
坂田夫婦に「それではもたいない」と岩崎さんがお店を引き継ぐということになったというのだ
僕としてもこの店の灯りが消えてしまうのは淋しいことだったので一安心した
そして、これで心置きなくギター製作に集中できることになった坂田君はすごく前向きで
さらにパワーフルになっていた がんばってね坂田くん!
そのあと、今度は車を大きく西へ走らせ僕の魂の故郷「井戸尻」へと向かった
移動距離はすでに100キロを越えている 僕の車・・・大丈夫?
久しぶりにやってきた井戸尻・・・まわりの山々も田園もいつもと変わらぬ穏やかさで向かえてくれた

あの「竪穴住居」も健在だった そうそう・・・一年前ここであの伝説の
コンサートをやったのだよね・・・懐かしい

そろそろ夕暮れが近くなっていた 日が暮れる前にもう一箇所行くところがあった
今度は東へ少し走った小淵沢へ・・・そこにある「星と虹のスタジオ」僕の旧い知り合いで
歯科医である藤森さんが経営する音楽スタジオだ

静かな森と広大な牧草地に囲まれとても素敵な環境にあるこの建物は一階が歯科治療院
二階がスタジオ、三階には宿泊施設があり泊まりこみで録音などができるので
都会のミュージシャンたちにとても人気がある 僕が今回ここを訪れたのはじつは今度の9月に
ここで仲田修子の歌の録音をすることになったのでその挨拶と下見を兼ねてのことだったのだ
藤森先生は穏やかな笑顔で迎えてくれた 9月が楽しみだ
さて、すっかり夜が更けてしまった 忙しい僕の「顔見世興行」のラストは長坂
「パームスプリング」へ・・・もちろん大親友の「パーム鈴木」に会うためだ
今回、僕が東京に出るのに一番心残りだったのは彼とゆっくり話をする時間がとれなかったことだ
まずはビールで乾杯 それからぐだぐだと酒を酌み交しながら僕らはしゃべった・・・
何時間も・・・とりとめのない話ばかりだったが いい時間だった
八ヶ岳の夜は静かに・・・深く・・・更けていった
2011-07-08 Fri
皆さんは「村瀬春樹」という方をご存知だろうかここでも何度か話題にしているので知っているかな
僕は親しみをこめて「ハルキさん」と呼んでいるので
ここでもそうさせてもらいます
ハルキさんは今から40年以上も昔、吉祥寺にあった伝説のライブハウス
「ぐゎらん堂」のオーナーだった方で当時まだ駆け出しの歌うたいだった
僕は大いにお世話になっていたし僕の「ジミー」はこのハルキさんが
付けてくれたのだ そして、もうひとつ大事なこと それは僕と
仲田修子との出会いがこの「ぐゎらん堂」だったので二人にとっても
とても大事な懐かしい人だったのだ
そのハルキさんと僕はもう30年以上お会いする機会がなかった
お互いMIXIをやっているのでその中では消息を知ってたし
メールのやりとりもしていたのだが・・・・
昨日、そのハルキさんがやってきてくれたのだ
伴侶でありこちらも僕が若い頃おおいにお世話になった「ユミコさん」と一緒に

僕はさっそく修子さんに電話した 驚いた彼女もさっそく店に駆けつけた
僕らはよくハルキさんやぐゎらん堂の思い出話をしていたのだ
懐かしい人たちだ そして、久しぶりにお会いしたお二人は
あの当時とまったく変わらず若々しく素敵でカッコよかった
そこへさらに「中卒」や「リエコ」などぐゎらん堂の元従業員や常連など
懐かしい顔ぶれが揃った! 店はものすごく賑やかになった
仕事をしながら厨房にいるとユミコさんの美しい声やリエコの相変わらず賑やかな
声が聞こえてくる・・・まるであの当時にタイムスリップしたみたいだ
それにしてもみんなよく飲む(笑) ビールのジョッキがどんどん空く
修子さんもとても嬉しそうにユミコさんや皆と話しこんでいる
なんだか僕もとっても嬉しくなってしまった あの時代・・・まだまだ若造だった
僕の姿が少し思い出された
「ジミーも全然変わってないねえ!」とハルキさん
「いいや、ハルキさんこそ!」・・・ワイワイガヤガヤ 皆はまだ飲んでいる

2011-06-17 Fri
工事で大変な思いをした(僕はとうとう最後まで「現場監督」だった)花むら・・・昨日一昨日はオープンに向けてのリハということで
「擬似オープン試食会」だったのだのだが実際はほとんど「ガチ」だった

そしていよいよ今日が開店日だ!!!!
もう体力的にはかなり限界なのだがやるしかない!!!
皆さん・・・お手柔らかにね(笑)
では・・・お待ちしてます
詳細はリンクの「花むら」のところをごらんください
2011-06-07 Tue
わが「花むら」も工事がいよいよ仕上げにかかってきた一昨日、厨房の主な機器がようやく入り
昨日は細かい器具や用品も少しずつ入ってきて
ようやく厨房が飲食店っぽい感じになってきた
今日僕はこの厨房のセンターコンソールともいえる
「焼き台」のセットアップにとりかかった
お好み焼き用の台は幅150奥行き60ほどの鉄板が上面にあるのだが
この鉄板が厚さ15ミリというとてつもなく重たいものだ
配送されてきたものはまだただの鉄板なのでこれを「焼き台」にするためには
油を敷いて弱火で加熱・・・冷ましてまた油を敷いて加熱
さらに翌日は少し強火で加熱・・・一晩ゆっくり冷まして
翌日はくず野菜を炒めるなどの作業をくりかえし・・・
ほぼ三日かけてやっとなんとか使える段階になるという
恐ろしく手間のかかるものなのだ
そういうわけで、今僕はその鉄板の冷えるのを持ちながら
そのすぐ横でパソコンに向かっている
今日ようやく店でもネットに繋げることができたので
大変便利なのだが・・・すぐ横にはまだまだ冷えない鉄板が・・・
暑い・・・・
寒い八ヶ岳が 少し 恋しい(笑)

2011-06-04 Sat
「もしもし、今東京にいるんだって?」電話がかかってきた 相手は僕の大学時代の友人の木村だ
木村とは大学を出てから長いこと音信不通だったが、数年前に彼が
ネットで僕の「ジミー矢島」という名前を見つけて「多分あいつだ」と
連絡をくれて久しぶりに再会し、それ以来僕の家のある八ヶ岳に遊びに来たり
もう一人の友人の小林(彼らとは大学時代「フォーク愛好会」というサークルで
一緒だったのだ)と一緒に僕のライブを観に来てくれたりと最近はわりと頻繁に
付き合いがある その木村の用件とはこうだった
「今日の夜池袋で昔のサークル仲間で飲み会をやるんだけどよかったら来ない?
熊谷や杉之原も来るんだけど・・・」
熊谷なサークルのリーダーだった 杉之原は1歳年下のメンバーだった
二人とももう大学以来会うのはすごい久しぶりだった
「へ〜え、行きたいけど・・・・」
僕にはその夜ちょっとした予定が入っていた でも、皆には会いたい
そこで、予定の相手に変更の確認をとってみた・・・変更オーケイだった
すぐに電話した 「あ、木村 俺行くよ」
金曜日の夕方の池袋はそれこそものすごい人出だった
八ヶ岳から高円寺に来て「すごい人がいっぱいだなあ」と思ってたが
それが比べ物にならない おまけにその一人一人がてんでに自分の行きたい方向へ
アトランダムに歩くので僕はそれに紛れてまるで急流を流されてゆく
木の葉のような気分になった・・・少し目眩がする・・・まさに「繁華街」だ
駅の改札口に少し遅れて到着すると他のメンバーは全員揃っていた
皆かなり老けたがあまり変わってはいない感じだ
駅前の大きな居酒屋で飲み会が始まる
酒が入り話しが進むとすっかり気分はあのころだ・・・
ほんのちょっと前のような気になる・・・もう37年以上は経ってしまったが
昔はこのメンバーとギターを弾いてああでもないこうでもない話をしたり
その何倍もの時間を一緒に飲み歩いたものだ
「またやりたくなったね」
「やりなよ、ギターはボケ防止にいいぞ〜」
「俺そのうちペンギンハウスの店長やるからさ、みんな演奏会やりなよ!」
「そりゃいい」「ギター練習しなくっちゃ!」
けっこうみんなやる気みたいだ いいことだ
お互いけっこう歳とっちゃって来年は定年のやつもいる
でも以外と全員元気だ・・・まだまだやれる年齢だなあ
家路につくため居酒屋を出ると、池袋の街はあいかわらずごったがえしていた
その人並みをくぐり歩く60一歩手前のおじさん集団
かつてのフォーク青年の面影は、それぞれの胸の中にしっかり仕舞って
街を歩く・・・・もう目眩はしなくなっていた









